3.カブトエビ ホウネンエビ
 葛城市疋田 本郷地区の田んぼ Map
私の自宅周辺南東側は、まだまだ田んぼがびっしりと埋め尽くしている。
毎年6月の田植えが始まると途端に田んぼから沸き出でてくるのが、カブトエビとホウネンエビである。
私が生まれ育った九州大分では、こんな奇妙な生き物は見ることは無かった。ザリガニも図鑑以外では見たことが無かった。それが、この葛城の里に住むようになった30年前、突如目にすることになった訳である。
カブトエビとはまさしくぴったりの名称だ。もしも、私が5円玉を置かなければ、あるいは大方の人はカブトガニの子供と勘違いするのではなかろうか。そして、これを裏返すと、今度はエイリアンそのもの。
こんなのが田植えの終わった田んぼの中に、それこそウジャウジャと居るのだ。想像を絶する数である。実に活発に動き回る。それも、単に動き回るだけではない。ひんぱんに背泳ぎをするのだ。背泳ぎをする時は、ほぼ決まって水面である。水面に上昇して来てクルッとひっくり返り、カブトエビからエイリアンに大変身。そして10cmほど泳ぎ、またまたクルッとひっくり返ってカブトエビに戻る。
この変わり身の術は甲賀忍者も真っ青。実に鮮やか。しかし、やっぱりエイリアンは不気味だ。
カブトエビは、苗代造りをするために田んぼに水を張ってからほぼ1週間で湧き出てくる。それは、卵から生まれるというような生易しい表現では言い表せない。正に土から一斉に湧き出てくるのだ。そして、水田から水が無くなる8月頃までにいつの間にか完全に姿を消している。要するに、彼らの成虫での棲息期間はほぼ2ヶ月弱。この2ヶ月間に卵から孵り、成長し、交尾をし、卵を産み、そして死んでいく。いやいや、死んでいくというより、消えていくという表現の方が的を射ているように思う。
彼らは子孫を残すためのみに2ヶ月弱を精一杯生きている。まるであくせくと90年近くを生きる人間どもをあざ笑うかのように。
ホウネンエビはカブトエビと全く同じようにして生まれ、同じように生き、そして同じように居なくなる。
私は、当初はこの生き物はカブトエビの幼生だと思っていた。これが脱皮してカブトエビになるのだ、と。しかし、そうではない。これはカブトエビの幼生なんぞではない。列記としたホウネンエビそのものなのだ。この鮮やかな緑色、と黒い2つの目、そしてオレンジの尻尾。それ以外はほとんど透明に近い。
カブトこそ身に着けていないが、生活形態はカブトエビに酷似している。
やっぱり水面でひっくり返るのだ。でも、私にはひっくり返っているのかどうか、まるで見分けはできない。要するに、体の外郭線を目で辿ることができないのだ。それほどに透明なのである。
休日の朝の私とチロの散歩路。チロは全く興味を示さないが、私にとってこの時期、カブトエビとホウネンエビを目の当たりにすることは、私自身が無事にこの1年を過ごすことができたと言う、正に私にとって生きる証になっているのだ。この田んぼも、どんどん宅地化して消えて行く。
願わくは、カブトエビとホウネンエビよ、しぶとく生き延びて欲しい。 人間なんぞに負けるな!!